読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

黒猫と戦国ワクワクマイライフ 〜立場チェンジトレーニングしてみよう〜

25の社会人です★ 私が大好きな戦国時代(室町後期~江戸初期にかけて)に登場した武将や合戦、また生活様式といった事象を現代の生活・人間関係と比較して自分自身や相手との関係性を見つめなおしていこう!というコンセプトです。 飼い猫のクロの動画もUPしていきます。

大名の想いとその武将たち3(上杉謙信軍) ~越後の龍、乱世に正義を問う~

信長、武田信玄と続き、もうひとり忘れてはいけない武将がいます。

 

それがこの方。

 

 

上杉謙信   『越後』  現在の新潟県

 

主な配下: 直江兼続  宇佐美定満  柿崎景家  上杉景勝  

                  鬼小島弥太郎など

 

同盟:足利義輝 徳川家康 村上義清など

 

対立:武田信玄 織田信長  北条氏康

 

 

謙信は武田信玄と並び、数多くの大名のなかでもトップクラスの戦力を持っており、毘沙門天を崇拝し、その生まれ変わりであると恐れられていました。

 

配下も充実し、大河ドラマ天地人』の主人公であり後に上杉の名宰相と呼ばれるほど景勝と謙信に尽くした直江兼続、上杉家に長く仕えて主要合戦には欠かせない存在といわれた柿崎景家や謙信の軍師を務めた宇佐美定満など。武・知に優れた家臣団を率いていました。

 

 

元々は上杉家は 「長尾家」 という名前で、上杉謙信 も元は「長尾景虎」という名前でした。しかし彼は実は長男ではなく、長尾家を継ぐような立場ではなかったので、幼い頃はお寺に奉公に出されていました。

そこで景虎は、禅や仏の修行を7年も続け、そのまま僧侶になる予定だったのですが・・元々越後では内乱が発生し続けており、長尾家の殿様だった景虎の兄はそれを鎮圧することが出来ず、配下にも謀反(反乱)を起こされまくっていたため、景虎(謙信)はお寺から引っ張り出されます。

 

そして景虎は初陣で大活躍、さらにその後も反乱を鎮圧する戦いで大きな活躍を見せたため、そのまま兄は隠居して、景虎は代わりの当主に推薦されて「長尾家」の家督を相続する事になるのです。

 

ところが景虎は戦国の世に珍しい心の持ち主で、元々景虎は僧侶になるはずだった人ということもあり相次ぐ反乱と家臣の対立、それを鎮圧する戦いの繰り返し、そして 武田家 など近隣諸国との戦いに嫌気が差したのでしょうか。

突然、「もー大将なんかやめてやるよ!!」 と言い出してムリヤリ出家しようとし、仏教の総本山 「高野山」 に1人で行ってしまい、長尾家は大パニックに!

 

結局この騒ぎは家臣たちが協力し、「もう反乱しません」とかの約束状を書いたりして景虎を押し止め、なんとか収束しましたが・・・

これには、長年お寺で仏の修行をしていた景虎の、心の葛藤が見え隠れします。

ただ、この一件以降、長尾家内での反乱はなりを潜めたと言われています。

 

謙信はこのような面があり、現代人と近い観点をもっているのかもしれませんね。

 

またすべての戦いにおいても、謙信自身から攻め込むようなことはほとんどしておらず、信玄に敗れた村上義清に泣きつかれての出陣や、謙信が世話になった足利幕府をないがしろにする信長に好き放題させないでくれと要請を受けて出陣するといった・・

 

要するに「困っているから助ける」・「納得いくような大義名分」があるから戦う。

 

というやり方で謙信は合戦をしていたといわれています。

 

人間だれしも欲をもち、力があれば天下への野望を持ったりすることがあるなかでも、彼は天下を望まない誰よりも国や民を慈しみ、慮る正義の心をもっていた。

 

まさに人が人を呼ぶ、そして芯の強さと心ゆえに人を惹きつけるような「人」。

 

それが上杉謙信であると思います。

 

その心は後世でも上杉景勝直江兼続といった若き俊英に引き寄せられ、石田三成真田幸村といった「義」の心をもつようになる武将の鑑となりました。

 

本当にかっこいいですよね。こんなに素晴らしいものであるのに学校の授業や教科書ではこのような背景が読み解かれないのが本当にもったいなさすぎる・・。

 

次回は歴史上起きた、「ある事件」について探っていこうと思います。

 

全国を騒がせたあの事件ですよ★★  ぴんとくる??